Contents
八ヶ岳先生との出会い
八ヶ岳といえば、美しい自然とスピリチュアルな空気が漂う場所。そこで出会った「八ヶ岳先生」は、癒しを求めていた私の人生に、新たな視点を与えてくれました。
いや、正確には…新たな笑いと忍耐力を授けてくれたんです。スピリチュアル界の珍妙な伝説として、私の中で語り継がれることになった彼とのエピソードを、ここでご紹介します。
エピソードの連続パンチ!
エピソード1:領収書事件 〜スピリチュアルな経理術の謎〜
ヒーリングセッションを受けた後、当然ながら領収書をお願いしました。普通なら数日から遅くとも1週間以内に届くものですが、この先生の場合、領収書が届かないまま1年が経過しました。
最初は「まあ、スピリチュアルな世界では時間も流動的なのかもしれない」と思い、大目に見ていたんです。ですが、さすがに1年も経つと不安になり、先生に問い合わせると、返事はこうでした。
「経理の手違いです。」
「なるほど、経理担当がいるのね」と一瞬は安心したものの、数日後に届いた領収書を見た瞬間、私は衝撃を受けました。何と、それは先生の手書きだったのです!しかも、収入印紙が貼られていません。
え、経理って…どこ?
そして、そもそも経理担当がいるなら、なぜ最初に収入印紙なしのものを送ってきたのでしょうか?
疑問は膨らむばかりでしたが、私は仕方なく収入印紙の件をメールで伝え、再発行を依頼しました。すると、次の返事は…
「再発行には少し時間がかかります。」
そうです。なぜか再発行にまで時間がかかるという謎の対応。ヒーリングエネルギーを扱う人にとって、領収書の発行は次元の違う作業なのかもしれませんね。
そして待つことさらに1ヶ月、ようやく再発行された領収書が届きました。今度は収入印紙がしっかり貼られていましたが、そこにも先生の手書きの跡が!さらに、同封されていた手紙にはこんな一文が。
「よいお年を。前の領収書は破棄してください。」
いやいや、そもそも1年以上待たせて、領収書に収入印紙を貼らず、再発行にも時間がかかったのに、謝罪の言葉は一切なしですか!?もはやスピリチュアル的な“感謝”だけで全てを片付けるつもりでしょうか。
さらに驚いたのは、手紙の最後にこう書かれていました。
「メールをありがとうございました。」
……え?いやいや、私がわざわざ収入印紙の不備を指摘したから再発行したんですよね?その一文だけを見ると、まるで「指摘してくれてありがとう!」と感謝を装っているかのようですが、どう考えてもこの状況に謝罪が必要なのでは?
この時点で私は悟りました。
「脱税の意味、分かってますか…?」
この一連の流れから見えてきたのは、領収書の発行だけでこんなに混乱が起こるスピリチュアルな経理システム。
そもそも経理がいるのかどうかも怪しい状況で、領収書の発行すらまともにできないのに、果たしてこの先生はビジネスが成立しているのか疑問が尽きません。
結局、この領収書事件を通じて私が得たのは、癒しではなく、忍耐力という新たなスキルでした。
ぎっくり腰事件 〜癒しのはずが痛み倍増!?〜
「腰のブロックを解除すれば、全てが良くなるはず。」
その言葉を信じて、私は八ヶ岳の先生に腰の治療をお願いしました。というのも、これまでどんな治療院に通っても、どんなレイキやスピリチュアルな技術を試しても、なぜか私の腰の不調だけは解消されなかったからです。
先生いわく、「あなたの腰にはアトランティス時代のブロックがある。」
なんでも、このブロックが原因で腰の骨が左右に曲がり、過去世では骨折までしていたらしく、骨がないように視えるとか。普通の治療では改善しない理由としては壮大すぎる話ですが、これを解除すれば確実に良くなるとのこと。
そして先生は、霊視した結果をもとに、こう宣言しました。
「まずはアトランティス時代の封印を解除しないとダメです。その後、大きな腰の調整をしましょう。」
こうして、私は先生のアドバイスを信じて、セッションをお願いすることにしました。もちろん、ヒーリングセッションは1回で終わるわけではなく、全部で6回かかるとのこと。そう聞いた私は、6回分の料金をまとめて支払い、意気揚々とセッションをスタートしました。
一歩進んで二歩下がる…どころか、ぎっくり腰!
1回目と2回目のセッションを終えたとき、先生の説明通り、腰が何となく軽くなったような気がしました。
「これは期待できるかも!」と希望を抱いて迎えた3回目。しかし、この3回目で事件が起きたのです。
施術中に突然腰がズキッと痛み出し、翌日には完全にぎっくり腰の状態に。これまで経験したことのないレベルの痛みに、私は完全に動けなくなりました。
当然、先生に連絡して状況を伝えました。
「先生、ぎっくり腰になったんですが…」
すると、返ってきた言葉は衝撃的でした。
「それは学びにしてください。」
いやいや、学び? 腰が痛くて動けない状態で、どんな学びを得ればいいんでしょうか?
普通の治療院なら「すみません、すぐ対処します!」とか、せめて謝罪の言葉があるはずですが、ここでは「学び」というスピリチュアルな一言で片付けられるのです。
「癒し」を盾にした無責任な行動
表面的な行動
- 「ぎっくり腰は学びにしてください」と、相手に責任を転嫁。
- 相手に不利益を与えながらも、自分の行動を正当化。
心理的背景
- 他者依存的な自己肯定
「癒し」という行為を通じて自己価値を見出しているため、相手に不利益を与えてもそれを認めることが難しい。これは、「癒し手としての自分」に対する過剰なプライドが関係している可能性があります。 - 責任回避の心理
「学び」という言葉で責任を転嫁し、自分の行動の結果について向き合わない姿勢が顕著です。これは、自分が他者に与える影響を直視することを避ける防衛的な態度といえます。
セッションの進行すら怪しい…2回目なのに3回目と主張?
さらに、2回目のセッションでは別のトラブルが発生しました。
先生はセッション開始時に、こう言ったのです。
「これは3回目ですよね?」
いやいや、2回目なんですけど!?私はまだ2回目のセッションしか受けていないので、当然そう伝えました。
しかし、先生は納得せず、何度もこう言い張りました。
「いや、これは3回目です。他の生徒もいるし、全て覚えているのは無理なんですよ。」
いやいや、それは先生がスケジュールを管理すべきことであって、こちらが確認する問題ではありませんよね?もはや施術の進行すら怪しい状態で、私はこのセッションが本当に6回で終わるのか不安を感じ始めました。
この混乱したセッション管理を目の当たりにした私は、「この先生、本当に私の腰を治せるのかな?」と不安を感じざるを得ませんでした。しかも、施術中の先生の態度は常に自信満々で、「あなたの学びのためだから」と繰り返し言われるたびに、「いや、今は腰の痛みを学びたくないんだけど…」と心の中で何度もツッコミを入れていました。
ぎっくり腰の学び…それって本当に必要?
結局、3回目のセッションでぎっくり腰になり、4回目以降も不安を抱えながら続けたものの、最後まで治療が本当に効果を発揮することはありませんでした。
最終的に私が得たのは、「ぎっくり腰を通じて学びを得る」というスピリチュアルな新しい概念と、腰の痛みに耐え続ける忍耐力だけ。
腰が痛くなるだけのセッションに、多額のお金と時間を費やした私は、ようやく悟りました。
学び!? 人生にぎっくり腰を加えて学びを深めるヒーリングなんて、新しいジャンルすぎる!もはや斬新すぎて突っ込む気力すら失いました。
それでもこの先生の言葉に救いを求めた私の過去世にも、もしかしたら学びがあったのかもしれません。だとしても、もう二度とぎっくり腰は“学びたく”ありませんが。
予約ミス連発事件
「予約が取れない」という事態は、多くの人気ヒーラーにありがちな悩みかもしれません。しかし、八ヶ岳先生の場合は、その理由が一味違います。
予約を入れてもらうと、毎回のように「午前」と「午後」を間違えるのです。それも、一度や二度ではありません。こちらが確認しても、「大丈夫です」と言い切った上で、当日には逆の時間に予約が入っていたことが発覚する始末。最初のうちは「人間だからミスはある」と言われても、まあ仕方ないかなと思っていました。
しかし、それが何度も繰り返されるうちに、ついに先生が逆ギレしてこう言いました。
「全て覚えておくのは無理です。他の生徒さんだってたくさんいるんだから。」
いやいや、それでもプロとして仕事をしている以上、基本的なスケジュール管理くらいはしてほしい!それに、ここまで頻繁に間違うのはもはや人間のミスではなく、超自然的な力が働いているとしか思えない。
「ここまで来ると、人間じゃなくて『超次元的な存在』の仕業に見えてくる!」
そんなふうに自分を納得させるしかありませんでした。
自己中心的な世界観
表面的な行動
- 予約ミスの連発:「午前と午後」を毎回間違え、「人間だからミスはある」と逆ギレ。
- 相手の期待や不満に対して誠実に向き合わず、軽視する態度。
心理的背景
- 責任回避の心理
自分の失敗を認めることで生じる不安やストレスを避けるため、「仕方ない」という言葉で正当化しています。こうした態度は、自分のミスを重要視せず、相手の時間や期待を軽視する結果につながります。 - 無意識の劣等感
相手の存在感やスキルに対して無意識の劣等感を抱き、「自分も対等である」と主張するために、逆ギレや開き直りという形で防御反応が表れています。 - 時間感覚の欠如
時間を管理する意識やスキルが欠如していると、約束を守ることが難しくなります。これは「自分にとって重要でないことは後回し」という自己中心的な優先順位が影響している可能性があります。
最初は「人間だからミスはある」と寛容な気持ちで受け止めていましたが、それが何度も続くうちに、ついにこう思いました。「予約の管理をスピリチュアルに頼っているんじゃないか?」
スケジュールのずさんさに呆れつつも、先生はいつも「エネルギーの流れがそうさせた」といった風で、自分のミスを認める気配すらありませんでした。この時点で私は、予約が取れるかどうかよりも、この先生の自己評価の高さに驚きを隠せなくなりました。
友達も辞めた事件
友達にも「素晴らしい先生」として先生を紹介したことがあります。スピリチュアルに興味のあるその友達は、セッションを心待ちにしていました。しかし、その期待は裏切られることになります。
セッション当日、友達から電話がきて開口一番こう言われました。
「ねえ、これ30分遅れてるんだけど…先生って、こんな感じなの?」
何事かと思って確認すると、先生が30分も遅刻しているとのこと。驚いて先生に連絡を入れると、「今すぐ向かいますから」と軽い調子で言われ、さらに呆れることに。
結果として、友達はその後セッションを受けましたが、終わったあと一言。
「ごめんだけど、誠実な人がいい。二度とこの人には連絡しない。」
友達の失望ぶりに、私は思わずこう思いました。
「スピリチュアル界では時間も相対的なのかもしれない!」
結局、それ以来友達も先生とは距離を取り、私も紹介した手前、申し訳なさでいっぱいに。信頼を築くはずのスピリチュアルが、逆に信頼を壊してしまうなんて、本末転倒ではありませんか?
時間感覚や対人スキルの欠如
表面的な行動
- 友達を紹介した際に30分遅刻し、フォローが一切ない。
- 信頼を損ねる行動があっても、関係修復を試みることがない。
心理的背景
- 対人スキルの欠如
他者との信頼関係を築き、それを維持するためのフォローアップのスキルが欠如しているため、無意識に相手を失望させる行動を取っています。 - 期待へのプレッシャー
紹介者の友達という「新しい相手」に対する期待が負担となり、そのプレッシャーを避けるために遅刻や不誠実な対応をしている可能性があります。これは、期待に応えられない不安の裏返しともいえます。
?6個だけメール事件
改善をお願いしたいと思い、先生にメールで問い合わせを送った時のことです。その返信を見た瞬間、私は目を疑いました。
「??????」
これだけ。6個の「?」だけが並んだメールが届いたのです。最初は冗談かと思いましたが、その後すぐにもう一通メールが届きました。
「何言ってるかわからない。」
…いや、これが究極のスピリチュアルかもしれない。答えがないという答えを示しているのか?それとも、ただの逆ギレか?深すぎて理解不能でした。
冷静に考えれば、こちらはただ普通に改善案を伝えただけ。にもかかわらず、このような反応をされると、話が通じる気がしません。むしろ、先生は一体何を考えているのかと不安になるばかりです。
「何言ってるかわからない」という一言が、私の中でこの先生の象徴的な言葉になりました。スピリチュアルを超えて、もはやコミュニケーションの次元まで逸脱しているかのようなやり取り。まさに別次元の体験でした。
低い問題解決能力と防衛的な対応
表面的な行動
- 「?6個だけメール」の返信や、相手の意図を汲み取る努力をしない。
- 領収書に関するミスや遅延を「経理のせい」にして責任転嫁。
心理的背景
- 問題解決よりも自己保存を優先
問題が発生しても、それに対処する能力や意識が欠けているため、責任を他人に押し付けることで自己保存を図っています。このような防衛反応は、対処能力の不足や自信のなさを隠すための手段といえます。 - 他者への配慮の欠如
メールの簡潔すぎる返信や領収書の遅延は、相手の立場や感情を考慮する能力の欠如を示しています。こうした行動は、自己中心的な視点が強く、他者への配慮が後回しになっていることを反映しています。
メール放題メニュー事件
このメールが届いたとき、私は思わず笑いを堪えきれませんでした。「月額メール放題」なんて、どこかの通信サービスと間違えているのでは?と真剣に考えてしまったほどです。
冷静に考えると、なぜ先生が突然こんな提案を思いついたのかも謎で、むしろその発想力に感心すら覚えました。でも、頼んでもいないサービスをなぜ断られる必要があったのか…。こちらとしては何もお願いしていないので、断られる理由もよくわかりません。
ある日、突然届いた先生からのメール。その内容はこうでした。
「月額メール放題メニューはありませんのでご了承ください。」
思わず二度見してしまいました。なぜなら、私はそんなメニューを頼んだ覚えは一切なかったからです。
一体どういう意図でこんなメールが送られてきたのか、さっぱりわかりません。「メール放題」という発想そのものが斬新すぎて、むしろ先生の頭の中を覗いてみたくなるほど。
さらに驚くのは、メールに続けて「こういうプランを導入する予定もありません」とわざわざ断られていたこと。
いや、誰もそんなこと求めてないのに!むしろ、先生が「月額メール放題」というサービスを考えたことがあるのかと思うと、笑いを堪えきれませんでした。
このエピソードが象徴するのは、先生の発想力の独創性(と、少しの空回り)。私が何も言わなくても、なぜか一歩先の心配をしてメールをくれるその姿勢には、ある意味感心させられました。
クライマックス:最後のメール
そして、私と先生の最後のやり取りです。改善をお願いし続けた結果、ついに先生からメールが届きました。
「丁寧に対応します」と最初に書かれていたので、少しは状況が良くなるかもしれないと期待しました。ですが、その後に続く一文が衝撃的でした。
「自分にしか正直に対応できません。」
え?どういうこと?と思う間もなく、続けざまにこう言われました。
「これ以上何も答えられません。」
この時点で、私の中で何かが崩れる音がしました。しかし、それだけでは終わりません。最後の追い討ちの一言がメールに添えられていました。
「愛さんを愛しています。」
このメールを見たとき、私はしばらく呆然としていました。愛しているけど、もう何も答えられない?もはや言葉の矛盾を超えて、次元を超越した愛の表現です。
最後の一文を読み返すたびに、「いや、私は答えを求めただけなんだけど?」と、自分の求めていたものとのギャップに笑わざるを得ませんでした。
ここで悟ったのは、この先生の答えがいつも「期待の真逆を突く」という才能に満ちていることです。
いやいや、愛してるけどもう無理。それが次元を超えた愛の形なのか。スピリチュアル界の新たな愛の概念を提示された気がしました。
このメールを見て、私は確信しました。癒しを求めてきたはずの私が、笑いと忍耐の試練を与えられていたことに。
「権威」に依存した態度
自己評価の矛盾
「愛しています」といったポジティブな言葉を使いながらも、「もう何も答えられません」という態度を取るのは、自分の不安や限界を隠すための行動です。この矛盾は、相手の期待に応えられない自分への無意識的な苛立ちを反映しています。
学びを引き出す皮肉
癒しを求めて訪れた八ヶ岳。それでも、この一連のエピソードが私の中で「学び」だったのかもしれません。
というのも、スピリチュアルの世界における「常識」が、現実社会の常識とは必ずしも一致しないという事実を身をもって体験できたからです。
笑いと忍耐力を鍛える場としては最高だったかもしれませんが、実際に癒しを求める方にとってはハードモードすぎる環境かもしれません。
そこで得られたのは、スピリチュアルな平穏ではなく、笑いと忍耐力のトレーニングでした。
この経験から学んだことは一つ。「エネルギーワークを受ける時は、相手の現実的な能力も確認することが大事」だということ。
スピリチュアルな学びだけでなく、「世の中には色々な人がいる」という事実も教えられました。この先生との出会いは、ある意味、人生における新たなスキルを授けてくれたのかもしれません。
まとめ
皆さんなら、この先生のヒーリングを受けますか?
「笑いのエネルギー」だけは間違いなくもらえるので、そういう楽しみ方をしたい人にはぴったりかもしれませんね!
さて、あなたならどうする?




